日本におけるデジタル就労の起源-ICTと障害者の市民行動
Wisa Projectで、デジタル就労の仕組み化に取り組んでいる。、情報通信技術(ICT)の普及が障害者の余暇活動や自己表現、コミュニケーションに与えた影響について、歴史的および実践的視点から概観しておきたいと思っていた。ICTは就労支援のみならず、障害者の生活の質(QOL)向上や余暇の充実において不可欠な役割を果たしてきた。
本稿では、パソコン通信による自発的なコミュニティ形成、支援機器を活用した在宅での文化芸術活動の実現、そして図書館サービスやメディアのバリアフリー化による情報アクセスの拡大という3つのフェーズから、ICTが障害者の余暇活動に及ぼした影響を整理した。
1. はじめに
障害者にとって、インターネットやパソコンなどのICTを活用することは、「働く意欲」を具現化し日常生活での社会参加を促進する重要な手段として位置づけられてきた。ICTの普及が就労支援に加えて、障害者の余暇活動(趣味、コミュニケーション、表現活動など)に対してどのような影響を与えてきたのかを明らかにする。
2. コミュニケーションの壁の超越と新たなネットワークの形成
障害者による情報技術の活用の歴史については、旭洋一郎.(2002)氏による「障害当事者運動とコンピュータ技術」が詳しい。 1980年代半ばから普及したパソコン通信は、障害者の余暇やコミュニケーションのあり方に革命的な変化をもたらした(旭, 2002)。従来、障害者のコミュニティは視覚障害、聴覚障害といった障害の種別ごとに限定されがちであったが、パソコン通信の登場により、障害の種別を越えてコミュニケーションをとる手段を得ることができた。文字をベースとしたオンライン活動においても、聴覚障害者と視覚障害者が互いの障害に気づかずに交流できる(旭, 2002)ような補助ツールも充実し始めた(後述)。パソコンと電話線があれば、時間的・距離的な壁だけでなく「障害の壁」をも著しく低くすることが可能となり、見知らぬ人とのコミュニケーションを通じて障害者に今までにないパーソナルネットワークの世界を提供したのである(財団法人日本情報処理開発協会, 1990)。
3. 支援機器を活用した自己表現と文化芸術活動の拡大
ICTの発展は、障害者の在宅での自己表現活動を豊かにしたことで、そのQOLの向上に大きく貢献した。溝口(2011)は、キーボード操作が困難な重度身体障害者が、1つのスイッチで入力可能な「オートスキャン」等を利用することで、Eメールやインターネットを活用し、『詩集』を作成して表現活動を行うようになった事例を報告している。利用者はこの機器を「魔法の手」と表現しており、ICTの導入が施設から地域での生活への移行や精神的な自立を促す重要な要素となったことが窺える(溝口, 2011)。また、障害者の文化芸術活動は、既存の主流な価値とは異なる新しい価値を創造する可能性に富んでいると指摘されている(井上, 猪原, & 津田, 2022)。ICTは、障害者が自らの内面を外化し、文化芸術活動に参加するための「コンヴィヴィアルな道具(自立を介して共に生きるための道具)」(fn:イヴァン・イリイチ(Ivan Illich, 1926–2002)のいう「コンヴィヴィアル(convivial)」とは、人間が道具や制度に従属するのではなく、それらを自律的・相互的に用いながら、自らの生を形づくることのできる社会的条件を指す。イリイチは『Tools for Conviviality』(1973)で、産業社会の専門家支配・制度依存を批判しつつ、「責任ある限定のもとで用いられる道具」に支えられた自立と共生の秩序を構想した)として機能しうる(井上他, 2022)。
4. 図書館サービスやメディアを通じた情報アクセスと余暇の充実
視覚障害者などの読書や学習環境も、ICTによって劇的に改善された。1980年代後半からパソコンや音声読み上げソフトが開発され、印刷教材の電子テキスト化が進んだことで、視覚障害者は自らの障害に合わせてインターフェース(スクリーンリーディング、拡大文字、点字ディスプレイなど)を選択し、柔軟に読書を楽しむことができるようになった(広瀬, 2011)。さらに録音図書においても、デジタル音声情報システムであるDAISY(Digital Audio-based Information System)が普及し、目次や索引検索によって目的の箇所を瞬時に呼び出すことが可能となった(国立大学図書館協議会, 1998; 溝口, 2011)。また、聴覚障害者などに対する映像メディアを通じた余暇活動の選択肢も広がっている。障害者放送協議会などの活動により、字幕や手話の付与、副音声解説など、放送・通信におけるバリアフリー化が推進されてきた(日本障害者リハビリテーション協会, 2014)。高度情報化社会の進展に伴い、手軽に情報や知識を獲得できるマルチメディア図書館や、三次元映像を用いた擬似環境体験レジャーなど、多様化する余暇のニーズに対応するための基盤が整備されつつある(財団法人日本情報処理開発協会, 1990)。
5.先行研究のまとめ
ICTの普及は、障害者が趣味や自己表現を楽しみ、多様な人々と交流するための強力なツールとして機能している。パソコン通信によるネットワークの拡大、支援機器を用いた在宅での創作活動、そして電子テキストやデジタル音声図書による情報アクセスの向上は、障害者の余暇活動の充実と社会参加を大きく前進させた。今後も、テクノロジーの発展が障害者の自立とエンパワメントを支え、より豊かなQOLの実現に寄与してきた。
6.考察
余暇活動によって創作され、社会にインパクトを与えたプロダクトやオンラインオコミュニティがあったりするのだろうか。またデジタル就労については早期からテレワーク拡大のなかで存在していたであろうが、その際に得られた教訓なども明らかにすべきと思い参考文献をもう少し読んでいきたい。(2021年11月3日@ラオスにて)
引用文献
旭洋一郎. (2002). 障害当事者運動とコンピュータ技術. 長野大学紀要, 23(4), 77-86.
井上太一, 猪原風希, & 津田英二. (2022). 障害者の文化芸術活動におけるエンパワメントの過程 : 「思うようにならなさ」をめぐる表現者と支援者の葛藤の共振. 神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要, 16(1), 83-94.
国立大学図書館協議会身体障害者サービスに関する調査研究班. (1998). 大学図書館における身体障害者サービスのあり方 (報告書 第2部).
財団法人日本情報処理開発協会. (1990). 情報化白書 1990 90年代情報化の展望. コンピュータ・エージ社.
日本障害者リハビリテーション協会. (2014). 「障害者放送協議会」の活動.
広瀬洋子. (2011). 放送大学における視覚障がい者への支援と課題─ボランティ組織「菜の花の会」12年の軌跡から─. 放送大学研究年報, 29, 89-102.
溝口元. (2011). IT機器による障害者支援の一側面. 人間の福祉, 25, 27-38.
2026年3月11日追加: 2025-2026年度に丸紅基金より助成をいただき出版するデジタル・ユーススタディーズの基礎資料として調査をまとめる。おそらく、この断章は本書に掲載しないであろう。
テレワークを巡る日本とEUの先行研究レビュー:心身の健康、エンゲージメント、および「つながらない権利」の統合的分析
1. 序論
EU諸国では、情報通信技術(ICT)の進展に伴う「常時接続」のリスクに対し、勤務時間外の連絡を規制する「つながらない権利(Right to Disconnect)」の法制化が先行して進められている (Gryn et al., 2025; Nguyen et al., 2026, p. 418)。一方、日本におけるテレワークをめぐる権利義務関係については、2020年の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大が具体的な転換点となった。日本における労働環境の特異性は、三大都市圏における過酷な鉄道混雑にある。その改善のために、1993年以降、運輸省・労働省主導でオフピーク通勤や時差出勤が提唱されてきた。しかし、2015年時点でも三大都市圏での鉄道利用率は50.4%に達しており、トップダウンの呼びかけによる社会的な行動変容は25年以上にわたり停滞してきた(Nakajima 2023, p. 5) 。
しかし、パンデミックはこれを「場所の自動的選択(メンバーシップ型雇用における一律出社)」から、個々人が労働環境を「意識的に選択する」フェーズへと多くの人々を強制的に移行させた。この移行は単なる利便性の向上にとどまらず、従業員の「期待」と「現実」の乖離をも顕在化させ、組織への帰属意識や心身の健康に質的な変化を及ぼしたことを検証する先行研究が蓄積された。本稿では、日欧の最新知見を統合し、物理的な労働環境の変化が労働者の内面に与えたインパクトを学術的に分析する。
- テレワーク(在宅勤務)がもたらす心理的・生理的負荷
勤務時間外の連絡と心身への影響 ICTの活用は時間と場所に捉われない働き方を実現する一方で、仕事と私生活の境界(バウンダリー)を曖昧にするリスクを内包している。Ikeda et al. (2022, pp. 328-329) は、情報通信業の労働者(分析対象 n=98)を対象とした9日間の観察調査に基づき、勤務形態と勤務時間外の連絡が心身に与える交互作用を実証的に明らかにした。
同研究によれば、在宅勤務(working from home: WFH)時は出社勤務時に比べ、勤務時間外の連絡頻度が有意に高くなり、その1回あたりの連絡時間も長いことが確認された (Ikeda et al., 2022, p. 330)。しかし、興味深いことに、心身への負のインパクトは「出社勤務時」においてより深刻に発現する。出社勤務時において勤務時間外の連絡時間が長いほど、就床前の主観的疲労感が有意に悪化し(p < 0.01)、抑うつ感も有意に上昇した(p = 0.01)(Ikeda et al., 2022, p. 330)。特筆すべきは、テレワーク勤務から出社勤務時へ移行する際における生理的変化である。反応時間検査(PVT)を用いた客観的指標において、出社日の夜間に連絡時間が長いほど、PVTの見逃し数が減少することが示された(p = 0.02)(Ikeda et al., 2022, p. 331)。これは、労働者が就床直前まで高度な認知処理を強いられ、脳が過覚醒状態にあることを示している。主観的には強い疲労や抑うつを感じていながら、生理学的には仕事モードが解除されず覚醒度が高いというこの相反する状態は、睡眠による正常な回復プロセスを阻害する二重の健康リスクをもたらす。この悪影響が出社時に顕著となる背景には、物理的・心理的境界が維持されているはずの私生活領域がICTによって不当に侵食されることへの心理的摩擦が、在宅時よりも増幅されるためと推察された。
3.期待不一致モデルと従業員エンゲージメント
労働者が主観的に抱く「期待」と、組織から提供される「現実」の乖離は、組織への帰属意識(エンゲージメント)を決定づける重要な要因となりうる。Nakajima (2023, p. 14) は、週5日勤務の会社員等(有効回答 n=277)を対象に、期待不一致モデル(Expectation Disconfirmation Model)を用いてエンゲージメントの毀損構造を分析した。重回帰分析の結果、従業員が理想とする在宅勤務日数を決定づける最大の要因は「職種の在宅許容度」(標準化係数 0.39〜0.41, p < 0.01)であった (Nakajima, 2023, pp. 18-20)。次いで「同僚の出社頻度」が有意な負の相関を示し、周囲が出社するほど同調圧力やコミュニケーションへの期待から在宅意欲が減退することが確認された。一方で、従来の主要な物理的負荷とされてきた「通勤時間の長さ」は、実際のところ統計的に有意な意思決定要因ではないことが判明した (Nakajima, 2023, p. 20)。
さらに、職種別の在宅許容度に応じて、実際の在宅勤務日数が組織への推奨度(eNPS)に与える影響が異なることが示された。在宅困難職種(α群)では実際の在宅頻度が増えても推奨度は横ばいであり、在宅可能職種(β群)では正比例で高まる。一方、フルリモート可能職種(γ群)においては、推奨度が「U字型」を描くという特異な結果が得られた (Nakajima, 2023, pp. 39-40)。すなわち、完全出社または完全在宅(本人の自律的選択と合致する状態)で推奨度が最高となる半面、週2〜3日など不本意な「中途半端な出社」を強いられる場合、本人の期待と現実の不一致により推奨度が最低となることが実証された。
以上の経営学的観点の先行研究から、職種別裁量権の委譲が今後の企業政策において重要となることが示唆される。「全社一律」の幻想を捨て、職種ごとの在宅許容度に基づく柔軟な働き方の選択と制度設計を行うことが、従業員の推奨度維持に不可欠であろう。
4. 超学際的考察
以上の日本の先行研究は、テレワーク環境の構造的なリスクを指摘するものである。前述の通り、フランスやイタリアを含むEU諸国では、法制化や労使協定を通じて「つながらない権利」が制度的に保護されており、労働者の心理的境界の維持が図られている (Bouciqué & Vets, 2023; Gryn et al., 2025)。対照的に日本では、行政のガイドライン等での言及にとどまり、実効性のある規制が存在しない。Nakajima (2023, p. 53) は、日本企業における一部の対面重視の姿勢が、オンラインでの論点整理やアジェンダ作成といった「ICT完結能力の欠如」を隠蔽する手段(Crutch)として機能している点も指摘していた。フルリモート可能な職種に対して社内コミュニケーションを名目に一律の出社を強制するアプローチは、組織側のマネジメントスキルやデジタル投資の怠慢を、労働者の時間的・心理的負担へと転嫁しているに過ぎないとも考えうる。結果として、期待不一致による従業員エンゲージメントの著しい低下と、時間外連絡による心身の疲労という二重の危機を労働者に招いている。
しかし、実際、経営学的観点の域を超えると、そもそも労働者の負荷に関する声や期待が一企業を超えて社会的に共有される仕組みが日本社会には欠如していることがわかる。ナショナルレベルで法政策プロセスに有意に参加できる労働組合等の中間組織が、日本にはほとんど文化的歴史的に存在しなかったことが考えられる。EUでは「社会的対話(Social Dialogue)」のコンセプトが制度的に実装されており、国や企業を超えたレベルでの労働協約が法規制を推進してきた。特にベルギーやフランス、ルクセンブルク等が該当するが、これらの国々では社会的対話が強固で、法律において社会的パートナーが重要な役割を果たしてきた。結果、コロナ危機においてもテレワーク法規制が有効に作用した(Japan Institute for Labour Policy and Training [JILPT], 2022, p. 3) 。社会的パートナーとして労働組合や公益法人、市民組織などのいわゆる労働者個人と国家政策の中間にあってこれを媒介する公共圏としての対話の場は、欧州の社会雇用政策の設計の過程的領域となってきた。とりわけ 「部門別(sectoral)労働協約は、国の法律や企業における労働協約とともに重要な役割を果たしてきた(JILPT, 2022, p. 3)
一方で、日本の労働組合は企業内に留まっており、社会的な規制力と組織力が弱いため実質的な影響力をもたない。日本の労働組合の推定組織率は16%程度であり、低下傾向が続いている(Maeura, 2025, p. 78)。
本稿の先行研究の指摘を踏まえると、テレワークやデジタル就労に従事する労働者が、企業別‐職種別で構造的に使用者‐経営者たちと社会的に対話を拡張する領域を確保しなければ、長期的には日本独特の労働環境のレガシーから脱却は不可能であると考えられる。
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参考文献:References
Bouciqué, W., & Vets, E. (2023). The right to disconnect: Which countries have legislated? Ius Laboris.
Gryn, D. V., Kotova, L. V., Velychko, L. Y., Sereda, O. H., & Tkachenko, V. S. (2025). The development and implementation of the right to disconnect in different jurisdictions. Białostockie Studia Prawnicze, 30(4). https://doi.org/10.15290/bsp.2025.30.04.09
Ikeda, D., Kubo, T., Nishimura, Y., & Izawa, S. (2022). 勤務時間外の仕事の連絡と在宅勤務頻度がIT労働者の心身に及ぼす影響 [The impact of after-hours work communication and telework frequency on the physical and mental health of IT workers]. 令和4年度労災疾病臨床研究事業費補助金分担研究報告書, 独立行政法人労働者健康安全機構 労働安全衛生総合研究所.
Nakajima, H. (2023). 在宅勤務の意思決定要因と従業員エンゲージメントに関する実証研究 [Empirical study on decision-making factors of telework and employee engagement] (Master's thesis). Waseda University.
Nguyen, P. Y., Le, T. H. D., & Bui, T. T. T. (2026). European experiences in regulating remote work and implications for the improvement of Vietnamese law. International Journal of Law, 12(1), 417-421.
Japan Institute for Labour Policy and Training [JILPT]. (2022). 諸外国における雇用型テレワークに関する法制度等の調査研究 [Research on legal systems and other frameworks regarding employment-type telework in foreign countries] (労働政策研究報告書 No. 219).
独立行政法人労働政策研究・研修機構.Maeura, H. (2025). 時間外労働の上限規制への対応─自動車運転の業務に従事する労働者を対象に─ [Response to the upper limit regulation on overtime work: Targeting workers engaged in automobile driving]. In 独立行政法人労働政策研究・研修機構 (Ed.), 成果の概要 2024 (pp. 75-78). 独立行政法人労働政策研究・研修機構.