複雑な社会課題を解き明かす…超学際(トランスディスシプリナリティ)研究を研究する #1

複雑な社会課題を解き明かす…超学際(トランスディスシプリナリティ)研究を研究する #1
写真:カンボジア/プノンペン国際会議にて(2016年6月)

このghostは、自分の思考を整理するためにやってます。少しでも自分の研究に興味関心をもっていただけたら幸いです。

今回は、まず超学際研究とは何であるのか、その概要を先行研究から素描してみます。その後、その先行研究の課題を少し論じたいと思います。

1. なぜ今「超学際」なのか?

「超学際」(Transdisciplinarity:トランスディシプリナリティ)」という概念は、数年前から学術界・科学政策、ビジネスの領域などで使用され始めました。しかし、何となくおどろおどろしい名称、特に日本語の「超」がついていますので、「超学際ってなんだろう?」と思われる方も多いのではないかと思います。「学際研究」や「文理融合」、あるいはかつては「超域」なんて言葉も使用されましたが、総合学術の一つ形態としてそういった類似の概念と何がどのように異なるのか、ということを少し整理したいと思います。

超学際は実はどなたでも、何らかの形で向き合えるきっかけのある身近なものだったりするのではないかと思っています。

現代社会は、気候変動、環境破壊、貧困、さらには公衆衛生の危機など、単一の専門分野では解決できない複雑で「厄介な問題(wicked problems)」に直面しています (Lang et al., 2012),。こうした課題に立ち向かうためには、新しい知識の生み出し方と、科学と社会の強固な協働が不可欠です。そこで世界的に注目を集めているのがこの「超学際」というアプローチなのです。

2. 多分野(Multi)・学際(Inter)・超学際(Trans)の違い

研究のアプローチについて、よく似た言葉に「多分野(Multidisciplinarity)」や「学際(Interdisciplinarity)」があります。まずはこの違いをローレンスの研究に沿って整理します。

  • 多分野(Multidisciplinarity):複数の分野の研究者がまり、それぞれが自らの分野領域に留まりながら知的対話や協働研究をする形態です。各科学・学問分野がそれぞれの分野で培ってきた独自の概念や手法を用いますが、必ずしも共通の課題意識や目標を共有しているわけではありません (Lawrence, 2010)。つまり、総合・融合しようというよりも、各学問分野のそれぞれの固有の立場をあえて保持したまま、場をともにしているようなイメージです。
  • 学際(Interdisciplinarity):異なる分野の研究者が協力し、共有された課題と目標のために概念や方法論を統合しようとするアプローチです (Lawrence, 2010)。学際研究においては、積極的にある個別科学や学問が別の科学の方法論を採用してみたり、その交渉・交流が行われます。多くの場合、学際研究によって新しい概念(concept)が生成されたり、あるいは別の学問から移植される結果、意味や対象に創造的な変化が生まれたりしています。

3.超学際とは何か

では、超学際(Transdisciplinarity)とは何でしょうか? 学際が「学問分野間の統合」にとどまっていたのに対して、超学は「学問の境界を越え、非学術的なパートナー(社会のステークホルダー)を巻き込む」点に最大の特徴があります (Borlaug & Svartefoss, 2024)。ここで、この違いの重要性がよくわかる Lawrence (2010) の言葉を引用してみましょう。

"In contrast, transdisciplinary contributions incorporate a combination of concepts and knowledge not only used by academics and researchers but also other actors in civic society, including representatives of the private sector, public administrators, and the public." (Lawrence, 2010, p. 126)
訳文: [学際的とは]対照的に、超学際への貢献は、学者や研究者だけでなく、民間セクターの代表者、地域行政、公共セクターなど、市民社会の多様なアクターが培ってきた考え方や知識を組み込むものです。

 ローレンスがここで述べている通り、超学際は(特に日本の場合)大学を中心になりがちな「学術知」を相対化するものです。市民社会の現場で課題に直面している行政や企業、市民の「経験知」(experiencial knowledge)や「実践知」を「学術知」と融合させることを目指します。現実の複雑な問題を解決するためには、社会の多様なステークホルダーとの知の共創(Co-production)が不可欠なのです。そのように生まれた知を「共創知」(Co-production knowledge)などとも呼称します。

4. 「モード2」の知識生産とは?

超学際をより深く理解するうえで欠かせないのが「モード2(Mode 2)」と呼ばれる知識生産概念です (Nowotny, Scott, & Gibbons, 2003)。これは、かつての科学的パラダイムにある知識を「モード1」として、対象化するための概念です。「モード1」とは大学などの学術制度の中で、学問分野に分化された専門的な理論的・実験的な動機に基づいて行われる研究を中心としていました (Nowotny et al., 2003)。 これはつまり、研究する主体が対象を客体的に研究する、という図式で説明される伝統的な科学の形式です。それに対して「モード2」の知識は、大学の外の市民社会的に散財しています。その知識は、日々の臨床や実践に即しながら「応用されるコンテキスト(context of application)」となる現場をもっているのです (Nowotny et al., 2003)。そのような知識は実務的で技術的であり、現実の社会問題を解決する現場の中から生成されるため、それ固有の社会に対する説明責任(social accountability)を持っているとも言われています (Nowotny et al., 2003)。

超学際研究は、まさにこの「モード2」の新しい知識生産モデルを体現するアプローチと言われてきました。

5. サステナビリティ科学における超学際の意義

超学際が特にその効果を発揮してきたのが、サステナビリティ(持続可能性)の領域です。社会をより良い方向へ導くためには、現状を理解するための「システム理解のための知識」、目標を描く「ターゲット設定の知識」、そして目標に向かって社会を変革する「トランスフォーメーション(変革)のための知識」の3つを統合する必要があると言われています(Lang et al., 2012)。これらを生み出すプロセスについて、Lang et al. (2012) は次のように述べています。

原文: "Transdisciplinarity is a reflexive, integrative, method-driven scientific principle aiming at the solution or transition of societal problems and concurrently of related scientific problems by differentiating and integrating knowledge from various scientific and societal bodies of knowledge." (Lang et al., 2012, pp. 26-27)
訳文: 超学際とは、社会的問題とそれに関連する科学的問題の解決または新たな段階への移行を目指し、さまざまな科学的・社会的知識体系からの知識を区別し総合することによる、反省的で総合的、かつ方法主導(method-driven )の科学的原則です。

この引用文で特に注目したいことは、超学際が単なる「意見交換の場」ではなく、「方法主導の科学的原則(method-driven scientific principle)」を固有に有している、と考えられた点です。いったいこの原則とは何でしょうか?

従来の大学研究者たちは、自分たちの思考から仮説を主観的に導いて、その検証(実証)の段階で客観的な科学的方法を用いてきました。しかし、研究者の思考そのものを客観的には対象化できなかったのです。それは(研究者の)主観を捨象することで、客観的であろうとしてきました。言い換えますと、「主観的ではないことが科学的である」と考えらてきたのです。そのため、日本では文系と呼ばれてきた人文諸科学や人間・社会科学分野はどこか自然科学的方法論を用いる、理系よりも科学性に乏しいと考えられてきました。しかし、超学際の意義を理解するためには、逆にかえって理系の演繹的実験法は科学的ではないのです。その理由は、私たちの現実社会は複数の主観がそれぞれの観点から異なる意味と解釈をもつ無限の行為主体(人間)の多様性に満ちているからです。

そのような理由から、超学際研究では研究の初期段階から社会のアクターと共同で「問題を定義」し、共に「知識を生産」し、そしてその結果を社会や学術の場に「再統合・適用」するというプロセスを体系的に行うことが求められます (Lang et al., 2012)。このいわゆる研究課題(リサーチクエスチョン)の超域的なプロセスを経ることで、研究者の思考そのものを対象化する「社会的に堅牢な知識(socially robust knowledge)」が生み出されるとも言われてるのです (Nowotny et al., 2003)。


上記では、超学際(Transdisciplinarity)の概要について主な先行研究のあらすじを解説しました。現在のグローバルな課題は、もはや一つの専門分野だけで解決の糸口を見つけることはできません。学問の境界を越え、社会の多様なアクターと対話を重ねる超学際的アプローチは、特にAIが普及する今日は、より複雑な情報や知識を編みなおしていく未来のスタンダードになっていくでしょう。

上記の西洋を中心に発展してきた超学際の理論について、いくつかの筆者の疑問を提示していきたいと思います。

7.超学際研究の学史研究の意義

 まず第一に、これまでの超学際研究の理論は「市民の参加」「共創(総合)知」や「対話」を、その場さえ設定すればそれが実現すると楽観的に考えていることです。市民が専門的な学術用語について知る機会がなかったり学術的な訓練を受けていない場合、そのまま対話の場に参加しても、科学的政治的権威のある発言に従属されてしまいがちです。これは後述の第三の民主主義的精神の問題と関わります。

 第二に、超学際的な対話に参加しても多くの場合、政策・社会制度の枠組みのなかできれいにおさまる結論が導かれることになることです。特に給付財源を担っている行政主体は、その政策形成の段階で自局(教育-厚生労働-経済-情報通信-国土開発など)がアプリオリに細分化(fragmentation)された観点をしか自身の問題定義に有しません。そのため、あらかじめ部分的合理性に依拠した政策に限定された参加型の意見公募の手段として市民の参加が利用されてきました。そのような市民の参加は、本当の意味で「対話」をしよう、という設計をもっていません。むしろ国家の共通財産(common wealth)の支出を裏付ける量的(一般的)根拠に利用されがちです。社会の多数者による支配的な世論が、社会的な少数者の声を数の暴力で支配するとき、民主主義的な手続きの正統性(legitimacy)がかえって社会の問題を生産し続けることになります。

 第三に、これまでの超学際研究についての理論研究それ自体が、アジア的東洋的な精神文化を捨象していることです。私はすでに「民主主義」という言葉を用いましたが、市民が対話に参加するときに社会制度の不備や欠陥を改廃するような積極的な意見形成ができるほどアジアの市民社会にはその精神が育まれてきませんでした。とりわけ、戦後の日本には市民の意見を政策に届けるメゾ領域に職業組合や全国的な労働者の組合といった中間団体が存在感をもっていませんでした。日本のNPOは、行政の下請けになるか大手企業の慈善心に依存する助成への依存傾向を年々、増し続けているのみです。

 日本以外のアジア諸国でも、中国のギルドは商業-経済的な自由権を有してきましたが、歴史的には極めて平等な科挙制度によって政治的な自由権はその市民生活から切り離されてきました。政治に不必要に関わらない代わりに、市民は生活圏の小さな経済的自由(この点についてはいったいどの産業と規模の経済自由かということを論じる必要がありますが)のなかで素朴に平和な家族生活を営んできたといえます。現在のアジア社会では、素朴な意味の市民が政治的な関心をもちにくかったり、自分の意見が政治(政策)に反映される実質的な効力感と手段をもっていないか、もっていたとしてもそれは西欧的な民主主義とは異なる形式をもっています。そのためか、市民科学、市民研究やアドボカシーを行うNPOが日本には極めて少なく、超学際研究に参加するための文化的土壌を社会そのものが欠いているのです。

 そのため、私自身は「超学際研究」を研究する「(メタ)研究」としての総合学術史研究が必要と思い、自分の専門領域である近代日本哲学史の分野から取り組もうとしています。

 このGhost CMSでは、今後、そのような私の研究の断片や思考の整理を行うための記事が投稿されていくことになります。少しでも関心をわかちもっていただける方、一緒にその研究に協力して下さる(ご批判とご鞭撻も含めた)有志が増えることを祈っています。


参考文献

Borlaug, S. B., & Svartefoss, S. M. (2024). Evaluating Transdisciplinary Research Quality. In G. Sivertsen & L. Langfeldt (Eds.), Challenges in Research Policy (pp. 13-20). Springer.

Lang, D. J., Wiek, A., Bergmann, M., Stauffacher, M., Martens, P., Moll, P., Swilling, M., & Thomas, C. J. (2012). Transdisciplinary research in sustainability science: practice, principles, and challenges. Sustainability Science, 7(S1), 25–43.

Lawrence, R. J. (2010). Deciphering Interdisciplinary and Transdisciplinary Contributions. Transdisciplinary Journal of Engineering & Science, 1(1), 125-130.

Nowotny, H., Scott, P., & Gibbons, M. (2003). Introduction: ‘Mode 2’ Revisited: The New Production of Knowledge. Minerva, 41(3), 179-194.


横山泰三 (よこやま たいぞう)

1982年、大阪市生まれ。社会事業家。京都大学博士(学術)。専門は近代哲学および学際研究史。桃山学院大学講師、京都大学エグゼクティブ・リーダーシップ・プログラム教員などを歴任し、現在、ITD Allianceを中心とした国際的研究ネットワーク、複数の国際機関や大学において超学際研究(Inter-Trans-Disciplinary)の基盤形成と教育プロジェクトに取り組む。